自由の象徴“ベルボトム”
<マウンテンモカキリマンジャロのサックスの大橋"カルロス"邦充によるコラムです。>
今月、9月9日からニューヨーク市立博物館で『黒人ファッション』をテーマにした"Black Style Now"の新設展示が開始される。
"Black Style Now"は、アフリカンアメリカンのファッションの移り変わり、およびヒップホップがファッション業界に与えた影響を、アーティストが実際に着用した衣装、アクセサリーや映像、写真などを通じて展示紹介する展覧会である。
日本でもヒップホップがファッション界に与えた影響はかなり大きい。
ちなみにヒップホップのスタイルで定番の大きめサイズ。これは当時の家庭は兄弟が多く、お金もなく服が買えなかったため、おさがりを着ていたという。また金のアクセサリーは、「俺はこれだけ働いて、これだけ稼いだんだぜー!」という主張の表れ。
ダボダボのパンツに大きめのTシャツ。金のアクセサリーをジャラジャラと身につけ、街を歩く。こんなシーンは映画のスクリーン、ニューヨークの街中だけでなく、今や埼玉のド田舎でさえ見かけることができる。
黒人への憧れ...黒人音楽への憧れ...黒人ファッションへの憧れ...
皆さんも一度はないだろうか、こんなこと・・・
映画の中のファンキーな格好をした主人公、憎らしいけれどハンパなくかっこいいマフィアのボス、そしてCDやレコードのジャケット、そしてそして街中の黒人を見て「かっこいい~」って思ったこと・・・。
そこで写真を3枚。


一番上の左の写真は、黒人白人、男女混成バンド、そしてファンクの伝道師スライ&ザ・ファミリーストーン。ファンキーな衣装、そして音楽共に60年代末のフラワームーヴメントを象徴している。
一番上の右の写真は、70年代の学生達の写真。この集合写真はかっこいい。白黒なのがとても残念だが、とにかくかっこいい、個人的に見てて飽きない。
そして一番下の左側の写真は、何かのカタログだろうか。ベルボトムを穿いた黒人。足が長すぎる。羨ましすぎる。
黒人のファッションにはパワーを感じる。決して綺麗だとかお洒落だとかそういう言葉では表現できない力強さがある。特に色。ビビットとはいわずともアクの強い色。何でこんな色を着れるんだろう?何故だろう?考えた末に出た答えが・・・考えてない!
そう、考えてないんです。自分が「かっこいい!」って思った服を着てるだけ。
黒人達のパワーが炸裂する70年代、それまでのファッションというのは、民族、宗教,戦争、スポーツ。それら単体での制服という感覚ではファッションが根付いていたものの貧富の差が激しい上にファッションの自由というのがあまりなかった。
これではいかん!60年代末からの若者達による学生運動が活発化し、自由の主張、反抗が激化。
自由や反体制の象徴であるジーンズはこの時代にヒッピーが広めた。
もともとジーンズとは1850年、かの有名なリーバイ・ストラウスが作業をしているとパンツが破れてしまうため,何かいいものはないかということでテント生地を使い作ったのがはじまり。これまでは作業着として着用されていた。ジーンズはGパンともいうが、これは戦後の日本に駐在していた米兵がはいていたパンツがGIパンツと呼ばれていたということろからきているのが有力説。GI=Government issue(官給品)。
もとをたどればシャツも下着として着用されていたのだ。今でいうTシャツ代わりだったんですね。これはビックリ。
わかりやすいのが大きな麦畑に麦わら帽子を被ってシャツにオーバーオールを着たおじさん。
作業着がカジュアル服として広まったんだから若者の力はすごい!
現在、ファッション界は、今年の流行は・・とか、おすすめコーディネートは・・・など、それはすばらしいものであると思うし,色々な方面で音楽とリンクしたファッションも生まれ、僕らの視野も広がりとても楽しいものになっている。ここ最近の裏原系の成功も若いクリエイター達によるものだし。
僕の専門学生時代の恩師である石津謙介さんという方がいる。この人は日本のメンズファッションを作ったというすごい人なんだが、「私は流行は作らない、風俗を作る」といっている。
この言葉,最高です。一時の流行など要らない。ファッションを自己表現ということで考えている僕は、60年代、70年代の若者達が自由を主張し、内なるパワーをファッションでも表現したことに対して、敬意を抱いている。ある意味、自分が選択さえすることができれば、なんでもできてしまう今の時代、自分が何を主張していきたいのか、またそれをどのようにパワーに変えていくのか、流行ではないファッション(自己表現)として見つめなおしてみたい。

